2012-02-25

音を拾う

カカクコムに入社してから二年弱、研修を終えて広告営業職に就いてから一年半強が過ぎました。

広告営業を始めたばかりの時、人事の方から「仕事はどう?」という問われました。当時の答えは「まだルールが分かりません。理解したい」というものです。僕は仕事をゲームとして捉えていました。仕事というゲームをクリアするには、ルールと攻略方法を理解する必要があります。

今なお僕にとって仕事はゲームであり、当時抱いていた志向性はそのままです。そしてルールや攻略法が、少しは分かるようになってきました。

以上は前置きでして、最近気付いたことを書きたいと思います。
最近気付いたこと、それは「仕事の攻略法は、無意識に採用して、採用したことを事後的に気付く」ということです。その理由は、攻略法というのは無限に有りすぎて、意識し得ないのだと思います。たぶん。

余談ですが、僕は十代の頃、ジャズやフュージョンのドラムをしていました。
それらのドラムソロは、譜面に起こすと、変態的なフレーズが満載です。例えば、「2拍9連符の7つ割り」といって、2拍を9等分して、7つ分でひとまとまりのフレーズを表現したりします。

僕はジャズのスクールで、そういった変態的な訓練を受けました。しかし、ジャズドラマーが実際に演奏をする際には、2泊9連符や7つ割りを、いちいち意識して、狙って叩き分けることはありません。雑駁にいえば、何も考えず適当に叩きます。

ではなぜ訓練をするのか。
訓練をしていて、変態的な感覚を身に付けていれば、適当に叩いても上手く納めることが可能です。
僕たちはこの感覚を「音を拾う」と呼んでいました。叩いた音を聴いて「ああ、今のは7連符だったな」と、後付けで理解することが「音を拾う」です。不思議なことですが、音を拾うという事後的な耳の良さがあれば、事前にタイミングを外すことはありません。

仕事というゲームも同じで、攻略の感覚を身に付けていれば、何気なくした行動を攻略法の文脈で拾うことが可能なのです。たぶん。

2012-02-19

人間は探しているものしか見つけない


最近とみに引用する回数が増えた言葉で、後で見返したくメモしておきます。
石田衣良著「娼年」に出てくる言葉です。大学生のリョウは、ボーイズクラブのオーナー御堂静香にこう言われます。

女性やセックスを退屈だなんて思うのをやめなさい。人間は探しているものしか見つけない。退屈を探せば退屈を、驚異を探せば、驚異を見つける。世界はあまりにも豊かな書物なので、必ず望むページにいきあたることになる。



2012-02-16

マンネリ道


「人間はわからないものに惹かれる」というのは、内田樹先生の卓見です。

例えば男女交際においても、相手の出方がよく分からない時の楽しさは格別ですし、逆に全てを理解してしまった気分になると倦怠感が襲ってきます。
そうすると「いかにして、わからないままでいるか」という問題が生じます。

安易でダメな解決方法は、「新しい施策を打ち続けてマンネリを打破すること」です。人間関係でも仕事でもそうですが、この焼き畑農業的手法は継続性に欠けます。

継続というのは現状維持であり、根本的にマンネリを否定することは出来ません。マンネリというのは、むしろ積極的に目指すべきものです。が、同時に「謎」を残す必要があります。これが肝です。

謎を残すというと、まず浮かびがちな方法は「意図的に正体を隠すことで、謎を演出すること」です。
しかしそんな浅知恵、長期的に見破られないはずがありません。見破られたら逆効果です。

正しい方法はそれとは真逆で、「意図を捨てること」です。
一切の戦略や主義を捨てると、人間の像は輪郭がぼやけますし、鶺鴒の尾のようにゆれ続けます。その捉えどころのなさに対する興味が、表面的なマンネリを支えます。

飛躍しますが、「だから動くんです」というお話です。
身体を動かしていると、「ダイエット?」と訊かれるのですが、それは違います。快楽原則を生理に取り入れたいのです。思考の死骸である思想ではなく、刻一刻と変わる生理に拠って生きる、そのために僕は日々動いています。

2012-02-15


以下は、アメリカから来たフラットメイトに、日本語を教えていた時のことです。


「目的格に対しては『を』を付けることが多い」と英語で説明しようとしたのですが、「目的格」という言葉の英訳が思い浮かびませんでした。

そこで、「『目的格』の英訳」を引き出すために、「"I sing the song"というセンテンスの"the song"は何だ?」と聞こうと思ったのですが、主格とか目的格を統合する概念名が分からない。

要するに、そこらを四本足でほっつき歩いている奴を指差して、「こいつはなんだ?」というよりは「こいつは何という動物だ?」と訊いた方がいいのですが、「"the song"は何という●●だ?」の●●(英語)が分からない。

そこで、英語に詳しい人に訊こうと思いました。しかし、よく考えると●●は日本語でさえ何というかが分かりません。

そこで、まずは日本語でこう尋ねました。
「犬と猫は、動物というグループに属しています。主格と目的格は何というグループに属しますか?」
すると、驚いたことに誰も主格と目的格のグループ名を知らない。

散々大騒ぎした後に、ググって分かったのですが、そのグループ名は「格」というらしいです。えらい単純ですね。でも恐らく、ほとんどの日本人は知らないと思います。

そして「格」は英語で"case"らしいのですが、「格」と同じく多義的で、ほとんどのEnglish Speakerはそれだけ聞いてもピンとこないはず。
あと目的格の英語は"object"とのこと。

2012-02-05

喫煙とニコチン


とあるバーで、喫煙(葉巻、パイプ、煙草)界隈の言論人らしき方とお話する機会がありました。彼との会話をインタビュー形式でお送りします。

―煙草批判者の多い葉巻、パイプ愛好家にあって、煙草を肯定されていますね。煙草への想いを教えて下さい。

「煙草は最先端のテクノロジーだ。ただし、同時に可哀想な存在でもある。最も優れた存在になり得るはずだったのになれなかったのは、安価に大量生産出来てしまったから。簡単にアディクト出来るようになったため、贅沢をするための嗜好品ではなく、チェーンスモークの温床になっている」

―貴方はチェーンスモーカーではないのですか。

「違う。私は煙草も口腔喫煙をしていて、肺に煙を入れていない」

―肺に煙を入れるかどうかは重要ですか。

「ニコチンの摂取量、つまり身体へのダメージが全く違う。
元々、人間は煙草で口腔喫煙をしていたが、ヴェトナム戦争で米軍兵士が煙を肺に入れることで、恐怖を克服した。以来、肺に煙を入れるのがスタンダードになった」

―喫煙の本質がニコチンだとすると、肺から効率よくニコチンを接種するのは合理的に思えます。それとも、理想はニコチンなしの喫煙なのでしょうか。

「ウイスキーのアナロジーで答える。
アルコールの入っていない、ウイスキー味の飲料を、我々は好んで飲む気にならない。その意味で、ウイスキーにアルコールは必須だ。しかしピュアにアルコールが欲しいだけであれば、口が火傷するくらい高濃度に蒸留した液体を飲めばいいが、それもしない。
ウイスキーの本質はアルコールであり、味わいだ。喫煙も同じ」

2012-01-29

占いとは何か


占い師見習いの方とお酒をご一緒する機会があり、占いとは何かを考えてみました。

但し僕は占いに行った経験がほとんどなく、記憶にある中では一度だけ。
友人女性に連れられて行った占いで、その中年女性は一目みるなり「あんたは占いを信じない、最低の男だ」と、占うことを放棄したことを覚えています。

テレビでも人気の彼女は、半分間違っていて、半分あっています。

まず間違っている部分ですが、僕は占いを信じます。
だって占いって、他人の心を読んだり、未来を読んだりするわけですよね。それは誰だって日常的にやってることです。

あっている部分は、僕がその占い師を信じていない、ということです。
占い師を信じる条件は、「直感力が優れていること」です。僕はその点で、初対面の中年女性に占って貰うくらいなら、優れた知人にみて貰う方がいいと思っていました。
しかし占いを放棄したことは、直感力の証左です。放棄されたことで、占って貰ってもいいかな、と少しだけ思いました。

つまり、占いに興味を持っていない人に、占いを仕掛けるのはナンセンスです。初手でゲームオーバー。その程度の直感力しかないのであれば、占い師とはいえません。

まだ若く経験の浅い占い師見習い氏でしたが、経験を積めば僕なんかの理解を絶する極みにいかれるんだろうと思うと、未来が楽しみな進路であります。

2012-01-28

ブログのタイトル


2012年1月28日現在、本ブログのタイトルは「chinneng meets world」です(そのうち変えるかも)。

このタイトルにしたきっかけは、アメリカでinDineroという会社を立ち上げたJessica Mahさんのブログ"Jessica Mah Meets World"です。といっても別にJessica Mahさんのファンではないですし、inDineroが何の会社なのかも知りません。

ただ、何かでたまたま彼女のブログをみた時に、「特定の意味がないのがいいなぁ」と思いました。「世界に出会う」という、具体的なシチュエーションが想像し得ない、漠然としたニュアンスの言葉です(と僕は勝手に解釈しています)。

読書が好きですが読書のことばかりを書くわけではありませんし、インターネット企業で働いていますけどインターネットはあまり好きではないですし、広告営業という仕事をあと十年もやることはなさそうです。僕はこれだ、というアイデンティティがありません。といって、ノーアイデンティティを売り物にするという思想もなく、無意味なタイトルがピッタリきます。

ブログのタイトルにハンドルネームが入っているのは「自分好き」というメッセージを醸し出しているようで唯一気に食わない点ですが、好きかどうかはともかく自分がどんな人間かについて興味があるという意味では合っているのかも知れません。

ちょうど今の気分でタイトルを、と言われれば、「結論のない話」をよくしているし、これからもしていきそうな気がします。でも「結論のない話」というタイトルにすると、全てのポストを修飾しそうで困ります。

今のところは、空気のような今のタイトルがベストのように思えます。

過剰な期待こそすべて


僕の新人時代のトレーナーは、類稀な資質を持っていました。それは「他人に過剰な期待をすること」です。この一点だけで、僕は彼を全人的に尊敬しています。

「過剰な期待とは何か」(以下、括弧つきで<期待>)と問われると、僕は「ものごとのスタート」だと答えます。スタートなくしてものごとは成立しませんので、「ものごとのすべて」と言ってもいいでしょう。彼は、それを誰よりも持っています。

上司であれ、お得意先であれ、<期待>を他人から貰った人は幸せです。
ボンクラ社員でも、社長から「君を次期社長候補と見込んでいる」と言われれば、それに見合う努力をするでしょうし、お得意先との取引額が月に数十万円でも、「将来的には、数百万円になるという認識でいる」と言われればそれに見合った動きをします。

<期待>を他人から貰うのは、未熟さの表れでもあります。
なぜなら他人に先の手をうたれているわけですから。達人は自ら期待し、期待を周りにお裾分けするものです。
つまり<期待>をされることは、する側に対する敗北とも言えます。幸福な敗北です。

自らに、他人に、<期待>をする。それがスタートであり、すべてです。ただし、それさえ理解していれば出来るものではありません。

「期待」というのは、「願望」よりも確かな言葉です。「イチローみたいに野球が上手くなりたい」と望むこと(願望)は簡単ですが、プラスとして蓋然性を信じること(期待)は誰にでも出来ることではありません。

現に、僕がそれをブログにかいているということは、出来ていないどころか、理解すらしていない証左ですし(理解していることなんて、つまらなくて書けないので)。

2012-01-22

Google機械帝国の対極


2011年2月11日リリースのPodCast「ジブリ汗まみれ」で、ドワンゴの川上会長がこんなことを仰っていました。
以下は会長の主張の一部を要約しています(示唆的な話なので、全て視聴されることをお薦めします)。

21世紀は最後の「人間の時代」である。われわれはやがて、機械に支配されるようになる。
しかし人間vs機械の初期段階では、人間が勝てることもあるだろう。僕(川上会長)が取り組んでいるゲームは、先兵たるGoogle機械帝国に一泡吹かせることだ。


僕も会長の主張に完全同意で、ビジネスはすでに一つのアルゴリズムに収束しつつあると感じます。
そして、ビジネス面では99%の人間がパーツとして代替可能だからこそ、掛け替えのない存在である身体と心理に興味があります。

…という前置きがあって、本日、友人のマッサージ師と会いました。僕の解釈では、生身の身体を相手にする、最も人間的な仕事の一つであり、Google機械帝国の対極です。
対極では何が行われていると思いますか?
聴いて膝をうったのですが、迷信、まやかし、詐欺との戦いです。

どういうことかというと、マッサージにも理論や科学的根拠、法則などはあるんでしょうけど、そうでない部分が多い。だからマッサージチェアは人の手に劣るし、人間の身体を見ずに施術するマッサージ師を僕らは信用しません。
しかし、だからといって理論を完全にブラックボックスにすると、「何でもあり」の世界になります。「万病に効くパワーストーン、十万円」みたいな。
彼らペテン師のせいで怪しい印象を持たれてしまい、真に人間的な施術は打ち出し方が難しいそうです。
つまり機械の支配する世界の対極は、人間性溢れるユートピアではなく曖昧蒙古とした世界だったのです。

まぁしかし、人間というのは曖昧蒙古な存在だからこそ掛け替えのないものである、というのも事実です。僕はペテン師達の話を聞いて、何だか愛しい業界だと思いました。

2012-01-21

水商売臭


異性で仲の良い友人がいます。学生時代に銀座で水商売をしていて、当時僕のボスだった人ですが、お互い水商売をやめてから仲良くなりました。

昨晩、彼女と飲みながら話していたのは、「水商売臭」というテーマです。
どっぷり水商売に浸かったことのある人って、醸し出す雰囲気でそれと分かります。僕らは両方とも一般の仕事に就いて、やや臭いは抜けたはずですが、それでも夜っぽい雰囲気は出ているようです。

不思議なことに、数年間水商売をやったのに、全く水商売臭がしない男性がいます。彼を分析すると、当時から水商売っぽさはなかったですし、そもそもあまり水商売が性に合わなかったのだと思います。別に悪いことではありません。

重要なポイントはここです。
同じことをしていても、それが好きか好きじゃないかで、周りに与える印象が変わります。
それを踏まえると、「○○っぽい人」とか「○○していたのに、○○っぽいくない人」への見方が一寸深くなる気がします。

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