2011-12-30

大人な大人


人間の季節感に対する感受性の強さは驚くほどで、「時間的に近いから」とサンタクロースの格好で初詣に行くことは許されません。その逆で、秋の食卓に秋刀魚が出た日には小躍りしたくなります。
思いつきで断定しますが、「人は死ぬ」レベルの真理として、「季節感があるものは、よい」のです。
そんなわけで今年一年を振り返る時期です。

余談ですが、「年末だから、一年を振り返ろう」とか言うと「一年という区切りには、どういう意味があるのか」と本質論で混ぜっ返す人がいます。僕です。すいません。

先日出席したソーシャルメディアマーケティングのトークセッションで、「ソーシャルメディアかどうかは、重要でない」と仰る方がいましたが、司会者が大人で感心しました。
「それをいっちゃあ、おしめえよ」
主催側の意図(ソーシャルメディアうんたら)とは別に、僕がそのトークセッションから受け取った一番の価値は、その見事な返しです。

物事の本質を一言で語ってThat's Allとしまうと、話すことなんて何もないんですね。後は「黙って粛々と実行して下さい」と。
でもそんなの寂しいじゃないですか。何かにかこつけて酒を飲みたい親戚のおじさんの如く、僕らは中身なんてなくてもあーだこーだ言いたいのです。

話を戻すと、僕にとって今年は「大人に興味を持った一年だった」と言えます。
それまでは、子供万歳というか、上の話でいえば本質論で混ぜっ返して「へへーんだ」と良い気になっていました。しかし、司会者の方のような大人な大人に出会いまして、自分の浅はかさに気付いたんですね。

大人な大人というのは、「原点思考を持ちながらも、人間と伝統を大切にする大人」のことです。
説明すると、まず原点思考というのは、子供の特徴ですね。前提を置かない分、「なぜ人を殺してはいけないのか?」のようなラディカルな問いをたてられる。「一年という区切りには、どういう意味があるのか」や「ソーシャルメディアかどうかは、重要ではない」も同じです。学問の領域でいえば存在論的哲学で、社会の前提に疑問を投げかけます。
ただし、原点思考には現実に生きている人間が目に入っていないきらいがあります。実際の人間心理や幸福といったものは、明確に規定出来るようなものではなく、曖昧蒙古としています。だからこそ「理屈は立たないが、なぜか続いている伝統」に対して、「理屈が立たない」のを責めるより、「なぜか続いている」を重視することが大切です。

具体的な人名をあげると、最も大きな影響を受けたのが内田樹先生で、今年のある時点から僕はずっと内田先生モードで生活をしているといっても過言ではありません。その影響度合いは「帰依」レベルですが、帰依することを教えて頂いたのも内田先生ですし。

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